瀬戸屋敷のお手伝いに行ってきました。
最近、なるべく心赴くままに過ごしている私ですが、昨日はお気に入りの瀬戸屋敷で、アメリカ人観光客をおもてなしををするというボランティアをしてきました。私はもっぱら通訳とお客様の話し相手のような事をしているのですが、日本の事を色々学べるとてもありがたい機会です。
瀬戸屋敷周辺の散策タイムというのがあって近所のお寺やお墓、農家を訪れたりします。
昨日もお墓について色々と聞かれたり、お寺にあるお地蔵様を見てこれは何??と聞かれてなんだっけ?となったり・・・
神戸での幼い頃の思い出に地蔵盆というのがあって近所にやたらとお地蔵さんがあったなぁと思い出してみたのだけれど、お寺にあるものとあの近所のお地蔵さんはそもそも同じ意図で作られたものなのか???イメージ的には子供のための仏像だったかな?というぐらいのことしか知らない。これを機会に少し調べてみると、
正式名称は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)別名 無辺身菩薩(むへんしんぼさつ)というそうです。
地蔵菩薩は古代インド語(サンスクリット語)で「クシティ・ガルバ」(क्षितिघर्भ [Kṣitigarbha])と言い、クシティが「大地」、ガルバが「胎内、子宮」という意味です。
このことから、「全ての生き物を育む大地のように大きな慈悲の心で人々を包み込んでくれる」という意味だそうです。
では菩薩とは?
菩薩とは2つ意味があります。
1つが、悟りを開く前の修行僧の呼び名。
2つが、悟りを得ているにも関わらず衆生を現世の苦しみから救うために活動する者。
地蔵菩薩は後者で、煩悩に苦しむ人々を救うために日々活動してくれています。
日本において、お地蔵さんは髪の毛を剃った童顔のイメージが強いかと思われますが、修行僧としての姿を模し、なおかつ親しみのある柔軟なお顔をされているのはこのためです。
仏伝では
お釈迦が亡くなられた後、教えを正しく伝えるものが居らず、世界が荒廃する恐れがある。そこで弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に現れるまでの56億7000万年の間は、地蔵菩薩が弥勒菩薩の代わりに衆生を救うとされています。
引用元 ↓
まとめると、
お釈迦様の没後、弥勒菩薩が現れるまでの間、大地のように大きな慈悲の心で人々を包み込み、煩悩に苦しむ人々を救うために日々活動してくれる、ありがたい存在であり、特に子供を守り水子供養のために建てられる場合もあるそうです。道端にあったりするし、地域を守ってくれるとも言われている身近な仏様なのですね。
と自分の中で少し理解が深まりました。(またしては忘れちゃうのだけどね)
出会い
昨日のお客様の中に、なんと私が最初通っていたニューオリンズにある大学 “Tulane university” 出身だという方がいて驚きました。世界は狭いね!と笑い合い連絡先を聞き、また会いたいねと言って別れました。
それからプエルトリコの女優さんで、かの有名な”Sound of music”の舞台に主演していたという方もいらっしゃり、ボランティアのリーダーであるMayumiちゃん(アコタビ)がみんなで歌うために用意してくれたドレミの歌(映画 ”Soud of music ”で有名になった)を熱唱してくださいました! 素晴らしい歌声でした。別れ際に素敵な励ましの言葉をいただきました。
そして私達が歌った「故郷」に涙するツアーの通訳ガイドさんを見てジーンとしたり・・・
色々と心温まる時間だったな・・・ありがとうございました。
地元の米を使って釜で炊いたご飯、野菜のお惣菜、お味噌汁は絶品でございました。ごちそうさまでした!
心赴くままに
一昨日には長い春休みにどこも連れて行ってあげなかった末娘を連れて箱根に行ってきました。可愛くて聡明で、面白い娘。
勉強はあまり得意ではないけれど、洞察力があり、時に周りの家族のことをとても冷静に上から眺めていたりする。今を楽しみ未来にときめいている。そしてとても涙もろい。
先日も、友達の誕生日に握り寿司を振る舞っていた兄のせいでリビングが使えず激怒していたのに、次の瞬間ふと兄が家を出ることを想像し涙を流す・・・
息子は高校に行かない選択をし、寿司屋でバイトを始めた。
気づいたらキッチンで私の横に立って手伝い始めたりする息子。言葉にはしないけど、その時間を存分に楽しむ。確かに、もう一人で暮らせるなぁと思う。どう生きていくかを彼なりに楽しみながら模索している。その姿、雰囲気、波動を妹が感じないわけがない。
子供達は自分の心の赴くままに生きている。私もそうでありたい。