夢の暗示

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久しぶりの夢の暗示

臨月、大きなお腹に命を宿す自分の姿。

安らぎ、許し、感謝の氣もちに満ち満ちて、何かを表現する場に挑んでいるような・・・

そんな夢を見た。

久しぶりにはっきりと覚えていて記憶するためにか、そのまま目が覚める。

明後日は満月。私の中でも何かが満ち満ちてきたようだ。

上弦の月、この時月の見える面の半分が光に包まれ、半分はまだ闇の中。外に向かうエネルギーが一気に高まる。私たちの心も少しずつ満ちていく。歩き出したい道があるなら今がその時、やっと手に取って準備をし始めたマンダラルナーは内観と癒しをもたらす。

*マンダラルナー

月の満ち欠けや自然のリズムと身体・心のサイクルを調和させ、自己探求と癒しをサポートするブラジル発の「セルフアウェアネス(自己認識)手帳」です。単なる予定管理ではなく、日々の感情や行動を観察・記録し、自分自身の内なる周期を理解するためのツールとして機能します www.tsukiyomino.com。 

年末から少しずつ心がざわつく事象がいくつか身の回りで起こり始めていた。落ち着いて俯瞰して眺めながらも対峙する時期に来ているのだろうなぁと感じ取っていた。

善悪の二元性を超えて

人生の中で、さまざまな体験があると思うのですが、心が深く傷つく体験は、思い出したくもなくて蓋をしているのだけれど、自分の中に深く染み込んで消えることのないアザのようなものを残す。そんなアザと向き合うのはとても勇気がいる。

だいたい楽観的で、なんでもすぐ忘れる(いい意味でも悪い意味でも汗)体質ではあるのだけれど、ずっとこれは処理できないなぁと感じていた闇があった。

今年はそれと向き合うことから始まった。

状況が悪化してくる中、自分では何もできないと感じ、何とかしてほどきたいこの呪縛を誰かに頼んで解いてもらうしかないかぁというところまで追い詰められ、大切なお友達に相談しに行った。

彼女は快く呪縛を解いてくれそうな先生を紹介してくれると同時に、大きな氣づきを与えてくれた。

「その方のために祈ってみては?」

善悪の二元性の中で生きている私たちは自分の中の「善」に縛られて生きている。この世界で生きていくためにはとても大切な指針ではあるのだけれど、時にその指針を超えた課題が目の前に現れる。それはもっと大きいな宇宙の意識に気が付くために起こってくる。

道徳では表現しきれない、全てを包括したような世界観はこの物質世界では理解し辛いし、必要もないのかもしれない。だけど、そこを超えた先にあるものに氣付き始めた時、様々な機会が現れる。生きることは成長と学びの繰り返し、時折同じテーマがやってくるのだけれど、それは螺旋状に回っていて、私たちは決して同じところにいるわけではない、少しずつ少しずつ上がっている。時間をかけて上がっていけばいいのだ。

だけど、ある時すっぽりと天井に穴が空いたように空(宇宙)に繋がる時がある。それは大きな飛躍のチャンスでありめちゃくちゃワクワクするのです。

「自分を深く深く傷つけた誰かの為に祈る」

そこには全てが一つであるという体感しづらい真理を受け入れる必要がある。 心から受け入れ祈る。それを繰り返す。毎日の祈りの中に本質的なものが加わって、

研ぎ澄まされていく。「それは許し難い体験」そのものがあったからこそ至れる境地なのである。

マンダラルナーとの歩みが始まり、内観が深まり、静かに満ちていく旅を楽しもう・・・             今年は螺旋の階段を意識しながら静かに静かに上がって満ちていく。

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